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静岡空港は負のモニュメントとなるのか [Social]

6/4(木)、様々な問題を抱えた「最後の地方空港」静岡空港がついに開港してしまいました。

静岡県に住み始めたのは約15年前ですが、その当時は東海道新幹線と東名高速道路が東西に貫通しているこの地に、こんな計画が具現化することなど思いもよりませんでした。

静岡駅->羽田空港は新幹線&京急で1時間半以内に、浜松駅->中部国際空港は新幹線&名鉄で1時間10分で着けますので、合理的に考えるとわざわざ本数の乏しい静岡空港を積極的に選択する可能性は低いとしか言えません。現に運営会社に出資しているスズキ自動車の会長ですら静岡空港について「ほぼ使わない」と言っているそうです。

どう考えてもおかしいと感じることを挙げるときりがないのですが、例えば「搭乗率保証」です。

搭乗率保証とは、航空機の空席分を税金で補填することで航空会社に路線の開設や維持を求めるものです。需要が少なく採算割れの路線を抱える地方空港が苦肉の策として編み出し、現在は石川県の能登空港がこれを設け、全日本空輸(ANA)の羽田便を1日2往復確保しています。また目標搭乗率を上回った場合、航空会社から返金される取り決めになっています。
企業努力の成果でしょうか、能登空港では現在のところ補填する事態には至っておりません。

ところが静岡県が打ち出した搭乗率保証は能登空港のそれとは異なっています。まず、日本航空(JAL)の福岡便のみを対象とし、ANAの札幌便や那覇便、外国の航空会社などはすべて対象外としています。また、目標搭乗率の7割を下回った場合、県が不足座席分(1席につき1万5800円)をJALに支払うが、上回った場合の返金は求めない、という内容になっています。
納得のいかないことだらけですが、本当にこういうやり方で運営し始めたようです。勿論ANAは不公平だと抗議していますが、それ以前に、先行きの見えない民営の空港の経営を税金で補填するなど言語道断です。

本来は人々の暮らしや経済に貢献する「手段」だった筈が、とにかく建てるということが「目的」になってしまった典型的なハコモノのパターンに陥っています。年間106万人という搭乗予測が単なる願望であり現実を見ていないものであることは明白です。ハコモノで潤うのは一部の業者だけで、それもほんの一時のこと。赤字経営必至、既に税金投入が前提の搭乗率保証、こんな奇妙な状況にも関わらず、TVは開港を祝い事のように取り上げた提灯報道や番組を呑気に流し続けています。

ただ、情けないことですが、これも「県民の無関心」が齎したツケであることは否定出来ません。選挙等で NO をつきつける機会も有った筈なのですから、知らなかったでは済まされません。

空港破綻後の有効活用法を今のうちから考えておくべきかと思われますが、なかなか思い浮かびません。有るとすれば、「もう2度とこんな馬鹿なことが繰り返されないように」と県民を戒める負のモニュメントとしてその廃墟を晒し続けることでしょうか。


これからは次の世代のためにやるべきことについて、ちゃんと考えて意思表示していきたいです。



参考程度ですが、静岡駅から福岡空港までの行程について、静岡空港、羽田空港、中部国際空港それぞれの例を載せておきます(6/7, NAVITIMEで検索)。コスト、時間等は便により異なりますが、中部の場合コストも時間もほぼ同じで本数が豊富、羽田の場合、便を選べば片道2万円台で済んでしまいます。(勿論、格安チケットを購入すればそれぞれもっと安くなります)。
いずれを選択するかは自由ですが、静岡->福岡の搭乗率を7割以上にキープし続けることが本当に可能なのでしょうか。

静岡空港使用(全3便)
乗換:2回
所要時間:3時間41分
運賃:33,380円
6:34発 静岡
↓東海道本線 豊橋行
↓27分 480円
7:01着 島田
7:10発 島田
↓空港連絡バス 静岡空港行
↓25分 500円
7:35着 静岡空港
8:40発 静岡空港
↓JAL3810 福岡空港行
↓1時間35分 32,400円
10:15着 福岡空港
------------------------------------

乗換:1回
所要時間:3時間55分
運賃:33,400円
11:40発 静岡
↓空港連絡バス 静岡空港行
↓52分 1,000円
12:32着 静岡空港
14:00発 静岡空港
↓JAL3814 福岡空港行
↓1時間35分 32,400円
15:35着 福岡空港
------------------------------------

乗換:1回
所要時間:4時間0分
運賃:33,400円
15:30発 静岡
↓空港連絡バス 静岡空港行
↓52分 1,000円
16:22着 静岡空港
17:55発 静岡空港
↓JAL3818 福岡空港行
↓1時間35分 32,400円
19:30着 福岡空港

==================
羽田空港使用(載せきれないので2万円台からの1例のみ)
乗換:2回
所要時間:3時間59分
運賃:23,280円(指定席利用の場合)
10:36発 静岡
↓ひかり464号 東京行 中・後方車両
↓57分 3,260円
↓指定席2,920円 自由席2,410円 グリーン車5,080円 
11:33着 品川
11:49発 品川
↓京急線エアポート快特 羽田空港行
↓15分 400円
12:04着 羽田空港(京急)
12:04発 羽田空港(京急)
↓徒歩
↓2分
12:06着 羽田空港
12:45発 羽田空港
↓SKY013 福岡空港行
↓1時間50分 16,700円
14:35着 福岡空港
=================

中部国際空港使用(載せきれないので1例のみ)
乗換:2回
所要時間:3時間48分
運賃:32,780円(指定席利用の場合)
11:12発 静岡
↓ひかり467号 岡山行 中方車両
↓58分 3,260円
↓指定席2,920円 自由席2,410円 グリーン車5,080円 
12:10着 名古屋
12:10発 名古屋
↓徒歩
↓5分
12:15着 名鉄名古屋
12:20発 名鉄名古屋
↓名鉄常滑・空港線ミュースカイ 中部国際空港行
↓28分 850円
↓指定席350円 
12:48着 中部国際空港
13:30発 中部国際空港
↓ANA1833 福岡空港行
↓1時間30分 25,400円
15:00着 福岡空港

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大阪大空襲と墜落したB29 [Social]

以前、大阪大空襲について http://orfeu.blog.so-net.ne.jp/2008-09-20 で触れましたが、母は米軍爆撃機B29の墜落現場に出くわしたことがあるそうです。そんなこともあって検索したことがあったのですが、たまたま見つけた、中学校の先生が記されたお祖母さんのエピソードが心に残っています。

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1667/kyosi4.htm
---以下引用---
昭和20年3月の大阪大空襲の夜でした。この日大阪を襲ったB29の大編隊は、大阪の町を焼き尽くし、一夜の内に、数万人が死亡したのです。集団疎開の子供たちの中にも、親や家をなくした子がたくさんでたため、学校は、子供たちを一時的に大阪に帰らせることにしました。電車が大阪に入ると、焼け野原に変わり果てた大阪の町が目の前にありました。森之宮駅で電車を下りると、通りには黒焦げの死体がごろごろしていたそうです。みんな無表情で死体をよけて歩いていたそうです。戦争という状態では、死体を見ても何も思わなくなる。実に恐ろしいことだと思います。
 幸いなことに、うちの母の実家には被害が無く、祖母も無事でした。おたがいの無事を喜び合っていたとき、近所の人がやってきて、「近くにB29が撃墜されよったから見に行こう」というのです。母も一緒についてゆくと、日本軍の高射砲によって撃墜されたB29が、みじめに焼け野原の中に横たわっていました。操縦席付近から、死亡したアメリカ兵の太い丸太のような腕がだらんとぶらさがっているのが見えました。近所の人たちは、「この鬼畜アメリカ野郎、よくも大阪を破壊さらしやがって」と手に手にクワやスコップを持って、アメリカ兵の死体をなぐりはじめました。そのときです。「やめなはれ」の大声にみんなの手が止まりました。うちの祖母がみんなに言ったのです。「この人かて、好きで空襲したんやない。上から命令されてやったんや。この人かてアメリカ帰ったら親も家族もおるんや。死んで仏さんになってる人にこんなことしてあげなさんな。」と。近所の人の中には、「何をゆうとんねん。この非国民が」と祖母に罵声をあびせる者もいたそうですが、祖母はアメリカ兵に、南無阿弥陀仏と念仏を唱え手をあわせてあげたのだそうです。
 私はこの話を何度も母から聞きました。当時の日本人は、みんな軍国主義に洗脳され、アメリカ人やイギリス人は鬼畜米英であるとたたきこまれていた中で、うちの祖母は、死んでいるアメリカ人も同じ人間としてみなしていたのだと。たとえ、ついさっき大阪の町に爆弾の雨を降らせ、愛する町や人々を破壊したB29の乗組員であったとしてもです。つまり祖母は、この忌まわしい時代にあっても、一人のアメリカ人を、一人の自分たちと同じ人間であるとみなす心をもっていたのだと思います。つまり、自分は日本人であるという意識よりも、自分たちは地球人なのだという意識が、すでにそなわっていた人だったんだなと思うのです。
---引用ここまで---

このお祖母さんの言葉を読んだとき、亡き川内康範さん(月光仮面、レインボーマン等の原作者)を思い出しました。現場に居らしたなら、きっと同じことを仰る気がするのです。空襲を受けた方々の怒りはもっともですが、墜落して亡くなった搭乗員の米兵もまた抗えない大きな力に動かされた被害者なのです。
何処の国の人間であるかという以前に、一人の人間としてどうあるべきか。そのことを忘れずに居たいです。

0.A6.jpeg
http://yantake-web.hp.infoseek.co.jp/page12.html へリンクさせて頂きました。

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大阪大空襲、被災者・遺族ら国を提訴へ [Social]

約1万5千人の命が奪われたとされる1944〜45年の大阪大空襲の被災者と遺族らが国に1人当たり1千万円の損害賠償と謝罪を求める集団訴訟を年内にも大阪地裁に起こす。今月末にも原告団を結成し、開戦から67年となる12月8日の提訴に向けて準備を進める。
(中略)
空襲での被災をめぐる国家賠償については、最高裁が87年、「戦争犠牲ないし戦争損害は、国の存亡にかかわる非常事態のもとでは、国民のひとしく受忍しなければならなかったところ」という判断を示し、名古屋空襲で被災した女性2人の上告を棄却した。しかし、中国残留孤児訴訟では、神戸地裁が06年、この「戦争犠牲受忍論」を理由に賠償責任を認めようとしない国の姿勢を否定し、原告勝訴の判決を言い渡すなど、受忍論を見直す司法判断も出ている。
(asahi.com より)
http://www.asahi.com/national/update/0920/OSK200809190125.html



私の母は大阪大空襲の生き残りです。幼少期を大阪・阿倍野で過ごし、大鉄(現:近鉄)百貨店の窓から炎が吹き上がるのを鮮明に覚えているそうです。幸い防空壕へ非難しており、家は焼夷弾の直撃や延焼を免れ、その後京都へ疎開したそうです。

焼夷弾の落下場所で生死が分かれる状況をくぐり抜けてきた訳で、ともすれば私はそのときの風向き一つでこの世に居なかったかも知れない、そう思うと、大阪大空襲とそしてそれに苦しんだ方々のことは、他人事ではありません。


今回の訴訟に対する司法判断がどうなるかは判りませんが、私達は当時の人々が被った多くの戦渦を、過去の出来事ではなく現在も解決していない問題だということを認識しなくてはなりません。



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